Microsoftも量子コンピュータを開発、量子アルゴリズムの研究で他社を引き離す

April 14th, 2017

Microsoftは早くから量子コンピュータの開発を進めておりその成果を公開した。Microsoftは量子物理学最先端技術を使い、安定して稼働できる量子コンピュータを目指す。Microsoftの強みはソフトウェアで、既に量子コンピュータ向け開発環境やシミュレータを提供している。ハードウェアの登場に先行し、量子アルゴリズムの研究が大きく進展している。

出典: Microsoft

Station Q:量子コンピュータ研究所

Microsoftの量子コンピュータ開発は10年以上前に始まった。Microsoftは2005年、量子コンピュータ開発のための研究機関「Station Q」 (上の写真、ホームページ) をSanta Barbara (カリフォルニア州) に開設した。Microsoft Research (マイクロソフト研究所) の量子コンピュータ研究部門としてハードウェア機構の開発を担っている。汎用量子コンピュータ (Universal Quantum Computer) を開発し製品化することを最終目標としている。

Topological Quantum Computer

Station Qは著名な数学者Michael Freedmanにより設立された。Freedmanは量子コンピュータ・アーキテクチャーの一つである「Topological Quantum Computer」という方式の研究を進めている。Topological Quantum Computerとは二次元平面で動く特殊な粒子の特性を利用し、その位相変化を情報単位とする方式である。(詳細は後述。) Freedmanはこの方式をMicrosoftのCraig Mundieに提案し、これが切っ掛けで量子コンピュータ開発が始まった。当時Mundieは研究開発部門の責任者で、Freedmanが提唱する量子コンピュータを次世代事業の基軸に位置づけた。

QuArC:量子コンピュータ・ソフトウェア研究所

Microsoftは2011年、量子コンピュータ・ソフトウェアを開発する部門「Quantum Architectures and Computation Group (QuArC)」 をRedmond (ワシントン州) に開設した。QuArCはStation Qのソフトウェア部門として位置づけられ、量子コンピュータのアルゴリズムを研究する。既にプログラミング環境と量子コンピュータ・シミュレータを開発し一般に公開した (下の写真)。ハードウェアの登場に先立ち、実社会に役立つ量子アプリケーションの開発を進めている。

出典: Microsoft

量子コンピュータの活用方法

Microsoftは量子コンピュータ開発成果を大学を中心とする研究機関に向けて発信している。アカデミアの研究開発に寄与することに加え、優秀な人材を育成・採用することを狙いとしている。QuArCのSenior ResearcherであるKrysta SvoreはCalifornia Institute of Technology (カリフォルニア工科大学) で講演し、量子コンピュータの応用分野について構想を明らかにした。量子コンピュータのアイディアはここカリフォルニア工科大学で生まれた。

量子コンピュータのキラーアプリ

Microsoftを始め多くの企業は量子コンピュータのキラーアプリは自然界のシミュレーションだと考えている。Svoreも同様に物理現象を量子レベル (原子や電子などの状態をミクロに定義する手法) でシミュレーションするには量子コンピュータが最適のプロセッサであると述べている。

スパコンの限界

現在、物理現象をシミュレーションするためにスパコンが使われている。物質素材の研究や素粒子研究でスパコンが使われ、これらが使用時間の半分近くを占める。つまり、スパコンの大半は自然現象のシミュレーションで使われている。しかし、分子を量子レベルでシミュレーションするにはスパコンの性能は十分でなく、小さな分子しか取り扱えないのが現状である。

量子コンピュータで地球温暖化対策

量子コンピュータは複雑な分子構造を電子レベルまで解析することができる。Microsoftが着目しているのはエネルギー分野で量子コンピュータを活用し地球温暖化を防ぐ構想を抱いている。上述のQuArC でFerredoxinという分子のシミュレーションが進んでいる。Ferredoxinとは鉄(Fe)と硫黄(S)で構成されるたんぱく質で、植物の光合成で電子を運搬する役目を担っている (下の写真、Fe2S2 Ferredoxinの分子構造)。

出典: Wikipedia

分子構造のシミュレーション

Ferredoxinを使って空気中の二酸化炭素を吸収する触媒を生成するアイディアが提唱されている。植物が光合成で二酸化炭素を吸収するようにこの触媒で同じ効果が期待される。この触媒ができれば排出される二酸化炭素量を80%から90%減少させることができる。触媒を生成するには量子レベルでFerredoxinのエネルギー状態を把握する必要がある。ここに量子コンピュータが使われ、Qubit (量子コンピュータの情報単位でBitに対応する) を電子の状態に対応付け分子をシミュレーションする。Ferredoxinのシミュレーションでは100個から200個のQubitが必要となる。

量子アルゴリズムの開発が進む

MicrosoftはFerredoxinを含む分子シミュレーションのための量子アルゴリズムの開発を進めている。2012年にFerredoxinのエネルギーレベルを求める量子アルゴリズムを開発したが、量子コンピュータで実行しても240億年かかる。Microsoftはこのアルゴリズムの改良を続け、2015年時点ではこれを68分で解けるまで改良した。

量子アルゴリズムの進化

下のグラフは分子シミュレーションの量子アルゴリズムの性能を示している。縦軸が計算に必要な時間(推定)で横軸が計算に必要なQubitの数を表す。折れ線グラフは異なる量子アルゴリズムを示し、上から下に向け性能が向上していることを表している。FerredoxinはFe2S2 (グラフ右端) として示されている。数学モデルの改良やソフトウェアの最適化で性能が向上した。LIQ𝑈𝑖と示されている赤色のグラフ (最下部) は量子アルゴリズムを実際にシミュレータで実行した結果を示している

出典: Microsoft

量子コンピュータで超電導物質を見つける

量子コンピュータで新素材を見つけることに期待が寄せられている。目標の一つが室温で超電導を起こす物質を見つけること。これはRoom-Temperature Superconductor (室温超電導) と呼ばれ、文字通り室温で超電導となる物質で、これを見つけることが世界のグランドチャレンジとなっている。超電導状態になると電気抵抗がなくなり、電気を送るときのエネルギーロスがゼロとなる。

電力送電に応用

量子コンピュータで室温超電導物質がみつかるとその恩恵は計り知れない。その一つが送電線で発電所から家庭にエネルギーロス無しに電力を送ることができる。通常の電線を使った送電では電力の6%が失われている。超電導状態で送電すれば損失がなくなるが、そのためには送電線を摂氏マイナス200度近くまで冷やす必要があり、これが実用化の障害となっている。室温超電導物質が見つかれば、アリゾナの砂漠に太陽光発電所を建設しそこで発電した電力をニューヨークに送電することが可能となる。

超電導リニアが注目されている

日本で超電導リニアの開発が進み、2027年に品川と名古屋を結ぶ中央新幹線として開通する。このニュースは米国でも話題となり、特にアカデミアが大きな関心を寄せている。超電導リニアは超電導コイルを搭載し、これが磁石となり浮力と推進力を得る。コイルを超電導状態にするために液体ヘリウムで摂氏マイナス269度まで冷却する。室温超電導物質が見つかれば冷却装置は不要となり、車両の構造が大幅にシンプルになる。米国の研究者は量子コンピュータでこの素材を見つけることを狙っている。ここでブレークスルーがあれば超電導リニアが幅広く普及することになる。

素因数分解のアルゴリズムは開発済み

量子コンピュータ向けアルゴリズム開発は研究者の主要テーマで早くから進められている。Bell Laboratoriesの研究員Peter Shorは、量子コンピュータで整数因数分解 (integer factorization) の問題を解くアルゴリズムを開発した。このアルゴリズムは「Shor’s Algorithm」と呼ばれ高速で因数分解ができる。整数を素数の積で表すPrime Factorization (素因数分解) は情報セキュリティと深く関係している。

素因数分解コンテスト

セキュリティ企業RSAは素因数分解コンテスト「Factoring Challenge」を実施している。これは指定された整数を二つの素数「n x m」に因数分解するコンテストで多くの研究者が挑戦している。コンテストの課題として「RSA-2048」が出題されている (下の写真)。青色の文字が一つの数字を表し617桁から構成される。これを二つの素数に因数分解することが求められている。これを現行のコンピュータで計算すると10億年かかるとされる。しかし量子コンピュータだと100秒で計算できると推定される。

出典: RSA

暗号化アルゴリズムが破られる

RSAが素因数分解コンテストを実施する理由は同社が提供している暗号化アルゴリズム「RSA」の耐性を検証するためである。RSAアルゴリズムはPublic Key Cryptography (公開鍵暗号) の暗号化技術の核心部分を構成する。Secret Key  (秘密鍵) は素因数分解で求めることができるが、RSA-2048でカギの長さを指定しておけば現行のコンピュータで解読することはできない。しかし、量子コンピュータが登場すると100秒で秘密鍵を求めることができ、暗号化技術が破られることになる。RSAは全世界のインターネットで使われており、量子コンピュータに耐性のあるアルゴリズム (Quantum Resistant Algorithm) の開発が求められている。

量子コンピュータがシミュレーションに適している理由

量子コンピュータが自然界のシミュレーションに適している理由を物理学者Richard Feynman (下の写真) が説明している。Feynmanは1965年にQuantum Electrodynamics (量子電磁力学、アインシュタインの相対論と量子力学を融合する理論) でノーベル物理学賞を受賞した。Feynmanはカリフォルニア工科大学で教鞭をとり、物理学の講義ノートは「The Feynman Lectures on Physics」としてウェブに公開されている。(この講義ノートは物理学のバイブル的存在で書籍として出版されている。赤色の表紙が印象的で日本の大学でも物理学の教材として使われている。)

出典: California Institute of Technology

Feynmanが量子コンピュータを提唱

Feynmanはカリフォルニア工科大学での講座「Potentialities and Limitations of Computing Machines (コンピュータの可能性と限界)」で量子コンピュータについて言及している。自然界は量子力学に従って動いているので、それをシミュレーションするには量子コンピュータしかないとしている。「自然界の事象は古典物理学で定義できない。自然をシミュレーションするなら、量子コンピュータを使うべきだ。」と述べている。同時に、量子を制御するのは極めて難しいとも述べている。Feynmanが量子コンピュータというコンセプトの生みの親といわれている。

Microsoftはアルゴリズム開発で先行する

Microsoftは2005年から量子コンピュータの開発を始めた。Topological Quantum Computerという極めて難しい方式を追求しており、ハイリスク・ハイリターンのアプローチと言える。Microsoftは潤沢な資金を背景に長期レンジの研究を支える余裕があるとも解釈できる。Microsoftはコア技術であるソフトウェアの開発に力を入れている。シミュレータを使って量子アルゴリズムの開発を進め、量子コンピュータが登場すればすぐに実行できる準備をしている。つまり、量子コンピュータ開発はハードウェアだけでなく、アルゴリズム開発も簡単ではなく時間と費用がかかる。Microsoftはアルゴリズム開発で先行し、世界に役立つアプリケーションの開発を目標に掲げている。


量子アルゴリズム開発のためのソフトウェア

量子コンピュータ・シミュレータ

QuArC で量子コンピュータ向けソフトウェアの開発が進められている。ここでは量子アルゴリズム開発環境や実行環境の開発が進んでいる。これはLanguage-Integrated Quantum Operations (LIQ𝑈𝑖|⟩、”Liquid”と発音) と呼ばれ、量子コンピュータソフトウェアの開発基盤となる。ここで開発した量子アルゴリズムをシミュレータで実行する。LIQ𝑈𝑖|⟩は上位レベルのプログラム言語で記述された量子アルゴリズムを量子デバイス向け命令に翻訳し、この命令セットをシミュレータで実行する構造となる。

LIQ𝑈𝑖|⟩のアーキテクチャ

下のダイアグラムはLIQ𝑈𝑖|⟩のアーキテクチャを示している。開発言語はF#が中心であるが、C#もサポートされている。スクリプト言語から実行ファイルを起動することもできる。これらの言語で生成されたプログラムはゲート機能 (Qubitの動作を定義する関数) に翻訳される。ゲート機能が量子アルゴリズム実行の最小単位となる。

出典: Microsoft

Circuit Data Structure

生成したプログラムをCircuit Data (物理回路) に翻訳することもできる。これはプログラムを物理的な回路構成にコンパイルするもので、最適化、エラー修正、ノイズ発生などの操作ができる。更に、Circuit Dataを利用者の環境にエクスポートして実行することもできる。

シミュレーション

LIQ𝑈𝑖|⟩はシミュレータ機能を提供する。三つのモデルがあり、Universalは汎用シミュレータでQubitのゲート演算機能を実行する。ただしQubitの数は30までとなる。Stabilizerは大規模な演算を多数のQubitで実行できる。ただし、使えるゲートの種類に制限がある。Hamiltonianは量子システムの物理現象をシミュレーションするモデルで、エネルギー状態の変異で解を求める。


Topological Quantum Computerとは

エラーに対する耐性が高いアーキテクチャ

Topological Quantum Computerとは新しいパラダイムの量子コンピュータでエラーに対する耐性が高いアーキテクチャとなっている。Topologyとはモノをスムーズに変形した時に変わらない性質を研究する学問で位相幾何学といわれる。スムーズに変形するとは、モノを引き延ばしたり、縮めたり、曲げたりすることを指し、引き裂いたりつなぎ合わせることは含まれない。Topologyは外部からの刺激に対して影響を受けにくい特性を持ち、これを量子コンピュータに応用したのがTopological Quantum Computer。

Quasiparticleの集合体と位相の変化

Topological Quantum ComputerはQuasiparticle (疑似粒子) の集合体を基本単位とし、基本単位間の絡み合いを測定し、これを演算単位Qubitとする。Quasiparticleの集合体は縫物の針のように、他の糸と絡まりながら進行する (下の写真、それぞれの線がQuasiparticle集合体で、線は進行経路を示す)。線の絡まり (線が重なり合っている部分) の回数がデータの基本単位Qubitとなる。粒子同士が相互作用を起こすのではなく、Quasiparticleの集合体が絡み合う点に特徴がある。

出典: Nature

Anyonという素粒子

QuasiparticleとしてElementary Particle (素粒子) の一形態であるAnyonが使われる。素粒子は三次元空間ではBosonとFermionのグループで構成される。二次元空間の素粒子はAnyonと呼ばれる。AnyonはAbelianとNon-Abelianに区分されここでは後者が使われる。

最近存在が確認された物質

Anyonは極めて低い温度における電子の並びで、二次元平面のエッジの分部で発生する。Anyonは電子とそのAntimatter (反物質) を同時に持つ。Anyonのような粒子は1937年にイタリアの物理学者Ettore Majoranaが予言し、「Majorana Fermion」とも呼ばれる。しかしMajorana Fermionは見つからずその存在が疑われてきた。2012年になってオランダDelft University of TechnologyのLeo Kouwenhovenによりその存在が初めて観測された。Microsoftは同大学と密接に量子コンピュータの開発を続けている。(下の写真は同大学のTopological Quantum Computing研究で使われている量子コンピュータ。)

出典: Delft University of Technology

ポジションを入れ替える順序に情報をエンコード

MicrosoftがMajorana Fermionという謎の解明が進んでいない素粒子を使って量子コンピュータを開発する理由はその信頼性にある。Topological Quantum Computerはエラーに対する耐性が高い。その理由は個々のQuasiparticleに情報をエンコードするのではなく、粒子の集合体がポジションを入れ替える順序に情報をエンコードするため。Quasiparticleは外部のノイズで強度や位置が変わるが、情報は位相特性に埋め込まれているためノイズの影響を受けない。

長期レンジの研究開発

粒子に情報を埋め込む方式の量子コンピュータのエラー率は高く10^(-4) といわれている。一方、Topological Quantum Computerのエラー率は低く10^(-30)まで到達できる。商用量子コンピュータはエラー率が10^(-10)であることが必要とされ、Topological Quantum Computerはこの条件を満たすことになる。ただ、Topological Quantum Computerはまだ基礎研究の段階で、長期レンジの研究開発が必要となる。

Googleは量子技術を五年以内に商用化、量子コンピュータでトップの座を狙う

March 28th, 2017

Googleは五年以内に量子コンピュータ技術を商用化することを明らかにした。Googleが開発している量子コンピュータはアナログ方式で、ここに独自に開発したデジタル技術を組み込み、ハイブリッド方式を構成する。量子コンピュータの本命はデジタル方式であるが登場までには時間がかかる。Googleはこのギャップをハイブリッド方式で埋める戦略を取る。

出典: Erik Lucero

量子コンピュータ技術を五年以内に商用化

Googleは2017年3月、量子コンピュータ技術を五年以内に商用化することを学術雑誌Natureに寄稿した。併せて量子コンピュータプロセッサを稼働させるハードウェア機構などを公開した。(上の写真、プロセッサは10 millikelvinまで冷却される。Millikelvinは絶対零度(摂氏マイナス273.15度)から0.001度の温度。)

デジタル方式開発は難しい

究極の量子コンピュータは「Digital Quantum Computer」と呼ばれ (デジタル方式と記載)、現行コンピュータのようにデジタルで動く。情報処理はデジタルが当たり前と思われるが量子コンピュータの世界は事情が違う。量子コンピュータがデジタルに稼働するには大きな障壁を超える必要がある。量子コンピュータの開発はエラーとの戦いでもある。量子コンピュータの基本単位Qubit (|0〉と|1〉と両者を同時に示すSuperpositionの状態を取る) は極めて不安定で微小なノイズで状態が変わり (これをDecoherenceと呼ぶ) エラーが起こる。デジタル方式の量子コンピュータを実現するにはシステムをノイズから保護しQubitを安定に保つ高度な技術が必要となる。

Googleはハイブリッド方式を目指す

このためデジタル方式の量子コンピュータを実現するまでには10年を要すといわれている。一方、アナログ方式の量子コンピュータは限られたタスクしか実行できないが、エラーに対する耐性は高い。Googleのアプローチはハイブリッド方式でアナログ方式の量子コンピュータ (Adiabatic Quantum Computer、後述) をデジタルな技術で補完する。Googleはこの技術を五年以内に製品化する。

ハイブリッド方式向けアプリ開発

Googleはハイブリッド方式というユニークな量子コンピュータで何を実現できるのか応用技術についても述べている。開発されたアプリケーションはそのまま事業で活用できる訳ではない。目的は「Heuristic Quantum Algorithms」の開発にある。Heuristicとは新規技法で近似解を開発する手法を指し、限られた機能を持つハイブリッド方式で量子アルゴリズムの開発を進める。本格的な量子コンピュータが登場するとこれら開発されたアルゴリズムが威力を発揮する。(Googleの量子コンピュータ研究はQuantum AI部門で進められる、下の写真。)

出典: Google

Simulation

アプリケーションでGoogleが注目している分野はSimulation、Optimization、及びSamplingである。Simulationとは量子コンピュータで化学反応や物質素材をモデル化してシミュレーションすることを指す。量子レベルまでのモデリングは現行コンピュータでは不可能で、ここが量子コンピュータが活躍できる分野とされる。量子コンピュータでモデル化することで様々な素材をマシンで精密に仮想実験することができる。飛行機向け化学繊維を強固にしたり、自動車向けには排ガス除去装置(触媒コンバータ)の効率を上げる。また、太陽発電セルの変換効率を上げることなどが期待される。

Optimization

Optimizationとは最適化の問題を量子コンピュータで解くことを指す。適用分野は広く消費者への商品推奨やオンライン広告の応札モデルなどで使われる。また、流通産業では物資の配送ルートの最適化で使われる。アナログ方式の量子コンピュータはOptimization Machineとも呼ばれこの分野がスイートスポットとなる。

Sampling

Samplingとは統計や機械学習で使われる手法で確率分散からデータを取り出す技法となる。Googleは実際に49 Qubit構成の量子コンピュータを使ってSamplingの研究を進めている。Googleは論文で量子コンピュータが現行スパコンでは実行できない問題を解決できたと報告している。これを「Quantum Supremacy」と呼び、量子コンピュータが現行スパコンの機能を本質的に上回ることを指す。

量子コンピュータをクラウドで提供

Googleは量子コンピュータをクラウドで提供する計画を明らかにした。これにより業界を跨って多くの企業が量子コンピュータを使うことができる。量子コンピュータ向けのアルゴリズムやアプリケーションの開発が進むことを目的とする。Googleはハイブリッド方式量子コンピュータに興味を持ってくれる研究者を増やし開発コミュニティの形成を目指している。(量子コンピュータはGoogle Cloud Platform (下の写真) で提供されるのか。)

出典: Google

ベンチャーキャピタルへの呼びかけ

Googleはベンチャーキャピタルにも働きかけている。ベンチャーキャピタルはデジタル方式の量子コンピュータ技術を中心に投資を進めている。これに対しGoogleはハイブリッド方式への投資の意義を説いている。究極の量子コンピュータはデジタル方式であるが、Googleの技術はそのギャップを埋めるもので、投資対象としても魅力があるとアピールする。Googleの戦略はTeslaのように最初からEVを投入するのではなく、Toyotaのようにハイブリッド方式で新たな市場を形成することを目指している。

Quantum AI Laboratoryを設立

Googleは2009年からカナダのベンチャー企業D-Waveが開発した量子コンピュータを使って研究を進めてきた。2013年、GoogleはNASAと共同で量子コンピュータ研究所「Quantum Artificial Intelligence Lab (QuAIL)」を設立した (下の写真)。量子コンピュータで機械学習や最適化技法を開発することを目的とし、研究所はシリコンバレーのNASA Ames Research Centerに設立された。

出典: NASA

量子アルゴリズムで宇宙開発

QuAILは2013年5月、量子コンピュータ「D-Wave Two」を導入した。D-WaveのマシンはQuantum Annealing (後述) というアナログ方式の量子コンピュータでOptimizationの研究を中心にプロジェクトが進められた。NASAは量子アルゴリズムを使い宇宙開発におけるOptimizationを現行スパコンより高速に実行することを目的とした。更に、QuAILは2017年3月、最新モデルである「D-Wave 2000Q」を導入することを発表した。

独自の量子コンピュータ開発に着手

GoogleはD-Waveを使って量子コンピュータの研究を進めると同時に、独自の量子コンピュータ技術の開発に乗り出した。2014年9月、UC Santa Barbara (カリフォルニア大学サンタバーバラ校) 教授John MartinisをGoogleに招へいし、量子コンピュータハードウェア研究部門を設立した。Martinis教授は物理学部で量子コンピュータチップを開発しており、それをD-Waveに実装してシステムを構築する。

D-Wave評価は芳しくなかった

その当時、D-Waveが開発した量子コンピュータに関しアカデミアを中心に疑問の声が高まっていた。そもそもD-Waveは本当に量子コンピュータであるのかという本質的な議論が交わされた。D-Wave Twoをベンチマークするとマシンは確かに量子効果を生成しているが、これが性能アップに寄与しているかについて疑問が持たれていた。GoogleはD-Wave Twoを綿密に検証することで問題点や特性を把握し、これが今の量子コンピュータ開発に生かされている。またGoogleはD-Waveを再評価し高いベンチマーク結果などを公表している。

Martinis教授のD-Wave評価

Martinis教授も疑問を抱いていた研究者の一人でD-Wave Twoの評価を実施しレポートを公開した。報告書はD-Wave Twoはラップトップの性能を上回るものではないと結論づけ厳しい評価になっている。その後Martinis教授はGoogleに加わり量子コンピュータ技術の研究を進めることとなった。自身が開発している量子チップをD-Waveに実装しハイブリッド方式で性能改善を目指している。

5つのQubitで構成されるプロセッサ

Martinis教授は量子コンピュータが安定して稼働できる技術をテーマに研究を進めている。Googleに加わる前、Martinisのチームは2014年4月、5つのQubitで構成されるプロセッサを開発しNatureに論文として発表した。これは「Josephson Quantum Processor」と呼ばれる量子コンピュータチップで、サファイア基盤にアルミニウム回路を蒸着した形状となっている。(下の写真、四角い部分がチップで回路の+状の部分がQubit。これは「Xmon Transmon Qubit」と呼ばれる。)

出典: Martinis Group @ University of California, Santa Barbara

エラー補正機能を持つQubit

2015年5月には、Martinis教授を中心とする研究部門は9つのQubitで構成される量子チップを発表した (下の写真、中央部の+状の分部がQubit)。これは超電導量子回路で構成されエラーを補正する機能を持つ。Natureに掲載された論文「State preservation by repetitive error detection in a superconducting quantum circuit」で明らかにした。Qubit開発ではエラーの検知とエラーの補正が極めて難しい。Qubitは不安定で環境変化やノイズでQubitの状態が変わりエラーが発生する。この問題に対処するためQuantum Error Correction (QEC) という機能がプロセッサに実装されエラーを検出しエラー発生を抑えることができるようになった (後述)。

出典: Martinis Group @ University of California, Santa Barbara

アナログ方式をデジタル方式で補完

2016年6月、Googleハードウェア研究部門は「Digitized adiabatic quantum computing with a superconducting circuit」という論文を公開し、アナログ方式の量子コンピュータにデジタル技術を統合しアナログ方式の弱点を補完する方式を発表した。アナログ方式とはAdiabatic Quantum Computing (後述) を指し、デジタル方式とは個々のQubitを操作する技術 (後述) を指す。これによりハイブリッド方式の量子コンピュータを構成し個々のQubitを操作できる。

インテルのビジネスモデルを踏襲

GoogleはD-Waveを使って量子コンピュータの研究を始め基礎技術を学んできた。その後GoogleはMartinis教授を中心に独自の量子チップを開発しD-Waveシステムに搭載して稼働させている。Adiabatic Quantum Computingというアナログ手法を使うものの、デジタル制御できる量子チップを開発し量子コンピュータのハイブリッド方式を提唱している。Googleは独自の手法で量子チップの開発を進めインテルのビジネスモデルを踏襲しているようにも思える。

Googleのチャレンジ

ハイブリッド方式の量子コンピュータは初めての試みで実用に耐えるシステムができるかが問われている。Googleは自社だけでこれを進めるのではなく新興企業の活躍を期待している。Googleは多くの新興企業がハイブリッド方式に興味を示し、ここからイノベーションが生まれることを期待している。研究者の多くはアナログ方式に対して懐疑的であるが、Googleはこれを改良することで道は開けるとしている。壮大な挑戦で果たしてブレークスルーはあるのか関心が集まっている。

IBMがデジタル方式量子コンピュータを発表

Googleが量子コンピュータ技術商用化を発表した直後、IBMはデジタル方式の量子コンピュータ「Q」を数年以内に出荷すると発表した。IBMはこれを汎用量子コンピュータ (Universal Quantum Computer) と位置づけ、マシンをデジタル制御し汎用的にタスクを実行する。当初、このモデルの出荷は10年先と見られていたがIBMはスケジュールを大幅に前倒しした。

Googleが一気にトップの座を狙う

IBMが大きく先行している量子コンピュータ技術であるが、Googleがこれに挑戦する構図となっている。Googleにとって量子コンピュータ開発はゼロからの出発でハンディキャップは余りにも大きい。AIや自動運転車開発でGoogleはゼロから出発したが買収や型破りな技術力で今では世界のトップを走っている。Googleは量子コンピュータ開発でも同じ手法を使い一気にトップの座を狙うものとみられる。量子コンピュータ開発レースが白熱した展開になり技術進化が爆発的に進む勢いとなってきた。


参考情報:Qubitのエラー補正は難しい

Quantum Error Correction (QEC) という機能がプロセッサに実装されエラーを検出しエラー発生を抑えることができるようになった。QECで「Measurement Qubit」 (測定専用Qubit、下の写真で緑色の+状の分部) を導入し「Data Qubit」 (演算用Qubit、下の写真で青色の+状の分部) の状態を把握しエラーを検出する。

出典: Google

Qubitでエラーの検出が難しい理由はQubitを直接観察して状態を把握することができないため。Qubitを計測するとEntanglementとSuperpositionの状態が消失し、|0〉または|1〉のバイナリーな状態に戻ってしまう。このためMartinis教授はMeasurement Qubitという測定専用のQubitを導入した。Measurement QubitとData QubitをEntanglementの状態にして観測する。そうするとMeasurement Qubitの状態を見ればData Qubitを読み出さなくてもその状態が分かる。

参考情報:Adiabatic Quantum Computingとは

Adiabatic Quantum Computingとはアナログ方式の量子コンピュータでエネルギーレベルを変えながら最小値を見つける手法を指す。プログラミングの観点からは初期化されたQubit (Superpositionの状態) のグループに条件を指定し (Qubitのスピン方向と結合状態で定義する)エネルギーレベルを上下する操作を行う。そうするとQubitは初期状態(Superposition)から最終状態 (|0〉または|1〉のバイナリー) に移り、エネルギーの低い状態で安定する。この時のQubitの組み合わせが答えとなる (下の写真、求める解はエネルギー状態 (Hamiltonian) として定義する)。

出典: D-Wave

ただし、通常のコンピュータのように答えは一つ (Deterministic Model) ではなく、多くの答えを示す (Probabilistic Model)。エネルギーレベルを変えて解を見つける方式をAnnealingと呼ぶ。その中でエネルギーレベルの変異を緩やかに行う手法をAdiabaticと呼ぶ。Adiabatic Quantum Computingとはこの手法で解を見つける量子コンピュータを指す。

参考情報:Qubitをデジタル制御する仕組み

Adiabatic Quantum Computingでタスクを解くためにはQubit間での連結が必要となる。しかし、Googleハードウェア研究部門が開発している量子チップは隣り合うQubitと連携ができるだけ。この制約を補完するためにMartinis教授らはQubitをデジタルに制御してQubit間で連携できる範囲を広げた (下の写真、球体がQubitで矢印はスピンの方向と強さを示す)。個々のQubitを磁場で制御して隣り合ったQubitの方向を合わせ (ferromagnetic link、下の写真の赤色+)、また、方向を反対にする(antiferromagnetic link、下の写真の水色+)操作をする。この方式で物理的にQubitの方向やQubit間の繋がり強度を操作できる。この量子チップをD-Waveのマシンに搭載しアナログ方式の弱点を補完するハイブリッド方式を開発する。

出典: Google

IBMは汎用量子コンピュータ「Q」をクラウドで提供、「Quantum Experience」で量子の世界に触れる

March 20th, 2017

IBMは2017年3月6日、汎用量子コンピュータ (Universal Quantum Computer) を世界に先駆けて商品化することを明らかにした。この量子コンピュータは「IBM Q」という製品名でビジネスや科学向け商用機として開発されている。この発表に先立ち、IBMは量子コンピュータをクラウドとして提供している。実際に使ってみると簡単にプログラミングをしてそれを実行でき、量子の世界に触れることができる。

出典: IBM

量子コンピュータクラウド

量子コンピュータクラウドは「Quantum Experience」と呼ばれ、インターネット経由でIBM研究所に設置されている量子コンピュータを使うことができる。量子コンピュータアルゴリズムを開発し、それをIBM Q (上の写真) で実行することができる。既に4万人の利用者があり量子コンピュータの普及が始まっている。IBMは量子コンピュータを公開することで革新的なアプリが登場することを期待している。

実際に使ってみると

Quantum ExperienceはIBM Q向けのインターフェイス「Quantum Composer」を提供している。実際に使ってみると簡単にプログラミングをしてそれを実行できる (下の写真)。ここでは5 Qubit (量子ビット、後述) のプロセッサが使われ、ライブラリーやゲートを指定してアルゴリズムを作る。完成したプログラムをサブミットするとIBM研究所に設置されているQで実行される。

出典: VentureClef

五線譜にゲートを割り当てる

Quantum Composerは音楽の五線譜 (上の写真上段) のような構造となっている。ここに演算子 (Gateと呼ばれる、右上の分部) を選んで張り付けていく。五線譜の五本のバーはQubitに対応しており、処理は左から右に進む。一番最後のピンク色の演算子 (Operationsと呼ばれる) はQubitの状態を表示する。つまり、Operationsがプリンターのように計算結果を出力する。下段はQubitの物理的な状態を表示する。ここではプロセッサは0.019651 Kelvin (0 Kelvinは摂氏マイナス273.15度) と極めて低い温度で稼働していることが分かる。

Qubitとは

量子コンピュータの動作原理については直感的に理解できないところが多いがQuantum Experienceを使うと少しは理解が早まる。量子コンピュータは原子など物質の基本単位の動きで稼働するシステムで、これらの動作はQuantum Mechanics (量子力学) に従う。量子コンピュータの情報最小単位を「Qubit」と呼ぶ。これが従来型コンピュータのBitに対応する。Bitは0と1で表されるが、Qubitは|0〉と|1〉と表記する。| 〉はKetと呼ばれ、数字ではなくベクトルであることを示す。|0〉はground stateとも呼ばれエネルギー量が最小であることを示す (下の写真、Z軸の方向)。この球体はBloch Sphereと呼ばれQubitの状態 (オレンジ色のライン) を示す。

出典: IBM

Qubitの|0〉の状態とは

実際にQuantum Composerを使って|0〉の状態を見る。Quantum Composerで|0〉の状態を生成するが、全てのQubitは|0〉に初期化されており操作は不要で、Operations演算子でQubitを出力する (下の写真)。ここでは5つのQubitのうち最初のQubitの状態を出力する。

出典: VentureClef

その結果は棒グラフで示される (下の写真)。横軸はQubitの状態を示し、縦軸はその状態の存在率を示す。ここでは “00000”の値が0.937と示された。これはQubitが93.7%の割合で|0〉となっていることを表す。(本来は1.000となるべきだが誤差でこの値となっている)。同様に|1〉の状態を出力すると“00001”の値が1.000となる。

出典: VentureClef

Superpositionとは

Qubitは|0〉または|1〉の状態を取るだけでなく、両者の状態を同時に取ることができ、これを「Superposition」と呼ぶ。現行コンピュータのBitは0又は1のどちらかを示すが、SuperpositionではQubitは0と1を同時に示す。

出典: VentureClef

QubitをSuperpositionの状態にする

同様にQuantum Composerを使ってSuperpositionを表現すると分かりやすい。ここでも5つのQubitのうち最初のQubitを使う。Qubitは|0〉に初期化されており、それを「H」ゲートを使ってSuperpositionに遷移する。その結果をOperationsで出力する。(Hゲートは「Hadamard Gate」と呼ばれQubit |0〉を90度水平方向に倒す演算子となる。前述Bloch SphereでZ軸方向のベクトルをX軸方向に倒す操作となる。この状態がSuperpositionで(|0〉+ |1〉) / √2と記述する。)

Superpositionの状態を出力

その結果を出力すると (下のグラフ) “00000”の値 (上向きのベクトルで|0〉を示す) が0.529で、“00001”の値 (下向きのベクトルで|1〉を示す) が0.472となる。つまり、Superpositionとは|0〉と|1〉の状態が五分五分の割合で存在することを意味する。(このケースでも誤差のため0.500とはなっていない。)

出典: VentureClef

Superpositionとマシン性能

量子コンピュータはSuperpositionという特性を持つため、Qubitは取りえる場合の数がBitに比べて飛躍的に増える。例えば、現行の5 Bitマシンはある時点で表現できる情報は1通り (例えば“10011”) であるが、5 Qubitマシンではこれが32 (2^5) 通り (“00000”から“11111”) と増大する。これが量子コンピュータの処理能力が飛躍的に大きくなる理由である。(500 Qubitマシンが登場すると2の500乗 (2^500) の情報を処理できる。これは宇宙全体の物質の数に相当し、大規模な処理ができることになる。)

Entanglementとは

量子コンピュータで一番理解しにくい概念がEntanglementである。これはQubit同士が連携した状態で極めて特異な動きをする性質を指す。これはSuperpositionの特性に帰属し、多くのSuperpositionの状態でEntanglementが発生する。Entanglementの状態で個々のQubitはランダムに動くが、全体を観察するとそこにはあるルールが存在する。例えば、二つのQubitがEntanglementの状態になると、個々のQubitはランダムに動くが、二つのQubit間には強い相関関係があることを否定できない。

Entanglementの状態を作り出す

実際にQuantum Composerを使ってEntanglementの状態を生成し (下の写真)、その特異な動きを見る。ここでは5つのQubitのうち1番目と2番目のQubitを使う。1番目のQubitを「H」ゲートでSuperpositionにする。次に1番目と2番目を「+」ゲートでつなぎEntanglementの状態を作り出す。(+ゲートは「Controlled-NOT Gate」と呼ばれControl Qubitの値が1であればTarget Qubitの値を反転する。ここでは1番目のQubitが|1〉であれば2番目のQubitの値を反転させる。) 最後にそれぞれのQubitの状態を出力する。

出典: VentureClef

Entanglementの状態を出力すると

この結果を出力すると (下のグラフ)、二つのQubitは”00” (どちらも上向き) と”11” (どちらも下向き) となる。(このケースでも誤差のため”01” (上向きと下向き) 及び”10” (下向きと上向き) の状態が発生している。) それぞれのQubitはランダムな動きをするが、二つのQubitは同時に上向きか下向きの状態しかとらない。つまり一方の動きを観察すれば他方の動きが分かることになる。

出典: VentureClef

Entanglementの奇妙な特性

EntanglementはIBM Qのように隣り合ったQubit同士で発生するだけでなく、距離に関係なく発生する。つまり、遠く離れたQubit間でもEntanglementが起こる。(仮に、上述のEntanglementの状態となったQubitの一方をSpaceXのFalcon 9で火星に送っても二つのQubitは上述の挙動を示す。地上のQubitが|0〉(上向き) であれば火星のQubitも同時に|0〉(上向き)となる。|1〉のケースでも同じ動きをする。このことは光の速度を超えて二つのQubitが同期していることを示し、物理現象の定理を根本から破ることになる。)

高速検索アルゴリズム:Grover’s Algorithm

未知な領域を含む量子コンピュータであるが、その膨大な計算能力を引き出すため早くからアルゴリズムの研究が進んでいる。その代表が「Grover’s Algorithm」で1996年にベル研究所のLov K. Groverにより発表された。これは非定形データの検索アルゴリズムで現行コンピュータより大幅に性能が向上することが示された。当時は量子コンピュータは存在せず論文発表に留まったが、今では量子コンピュータでこれを実証することができる。(先頭から二番目の写真はQuantum ExperienceでGrover’s Algorithmをコーディングしたもの。)

整数因数分解アルゴリズム:Shor’s Algorithm

ベル研究所のPeter Shorは1994年、量子コンピュータで整数因数分解 (integer factorization) の問題を解くアルゴリズムを開発した。これは「Shor’s Algorithm」と呼ばれ量子コンピュータを使うと高速で整数因数分解ができる。暗号化されたデータを復号化するときも整数因数分解が使われ、Shor’s Algorithmを使うと量子コンピュータで暗号データを解読できることになる。

量子コンピュータとセキュリティ

つまり、量子コンピュータが暗号文を解読しセキュリティが破られるという危機に直面している。オンラインバンキングの通信プロトコールで「https」が使われるが、量子コンピュータが悪用されるとIDやパスワードを読み取ることができる。暗号化してもセキュリティは担保されないことになり対策が求められる。Shor’s Algorithmは暗号化技法の中心部である数学問題を解くことができるとして早くから課題が指摘されていた。量子コンピュータの登場が予想外に早くNSA (アメリカ国家安全保障局) はこの危険性に関する報告書を公開し対応を呼び掛けている。

量子コンピュータの登場が早まる

IBMは汎用量子コンピュータを世界に先駆けて商品化し数年以内に出荷することを明らかにした。Googleは研究所「Quantum AI Laboratory」で独自の量子コンピュータを開発しているが、五年以内に商用化することを公表した。両社とも製品内容についての情報は乏しいが商用量子コンピュータの道筋を示す形となった。量子コンピュータの登場は10年先と思われていたが、市場の予測を覆し製品出荷は大幅に早まった。

IBMは世界初となる汎用量子コンピュータ「Q」を発表、AIスパコンWatsonの次の基軸技術と位置づける

March 15th, 2017

汎用量子コンピュータ「Q」はIBMワトソン研究所で開発された。AIスパコン「Watson」もここで開発され、クイズ番組Jeopardyのチャンピオンを破り世界を驚かせた。IBMは汎用量子コンピュータをWatsonの次の基軸技術と位置づけ、数年後に製品を出荷する。量子コンピュータは研究素材ではなく一般企業で活用できるマシンとなる。コンピュータ技術が次の世代に移ろうとしている。

出典: IBM

量子コンピュータ「 Q」

IBMは2017年3月6日、汎用量子コンピュータ (Universal Quantum Computer) を世界に先駆けて商品化することを明らかにした。この量子コンピュータは「Q」という製品名でビジネスや科学向け商用機として出荷される。(上の写真はIBM Qの外観、コンピュータは円筒形のケースに格納され冷却される。)

量子コンピュータクラウド

同時に、IBMは量子コンピュータクラウドと既存コンピュータを連携するAPI (アプリインターフェイス) を提供することも明らかにした。更に、IBMは量子コンピュータクラウド向けのSDK (開発環境) を提供する。これにより量子コンピュータ向けアプリケーション開発が容易になる。IBMは人工知能とブロックチェインに続き、量子コンピュータをクラウドで提供する。

量子コンピュータ開発ロードマップ

IBMはQのロードマップについて公開した。量子コンピュータの性能はQubit (量子ビット、コンピュータのビットに相当) の数で表される。IBMは数年後にQubitの数が50の汎用量子コンピュータを商用機として出荷する。ちなみ、現在最高速の量子コンピュータはQubitを20個搭載している。50 Qubitの量子コンピュータは既存アーキテクチャのコンピュータの性能を凌駕する次世代マシンとなる。更に、IBMの最終目標は数千Qubitを持つ汎用量子コンピュータを開発することいわれている。物理的には10万Qubitの量子コンピュータを開発することができるとされる。

IBMワトソン研究所

量子コンピュータはIBM Thomas J. Watson Research Center (IBMワトソン研究所) の量子コンピュータ研究部門「IBM Q Lab」で開発されている (下の写真)。この研究所はニューヨーク郊外のYorktownに位置し、ここで歴史に名を刻むスパコンが開発された。数値計算スパコン「Blue Gene」が開発され、標準ベンチマークで世界最高速をマークした。AIスパコン「Watson」もここで生まれ、クイズ番組Jeopardyで人間のチャンピオン二人を破った。

出典: IBM

天井から吊り下げられる構造

IBM Qは現行コンピュータとは形状が大きく異なり、天井から吊り下げられる構造となる (上の写真)。先頭の写真の通り、この部分がケースの中に格納され、ヘリウムを使ってAbsolute Zero (絶対零度、摂氏マイナス273.15度 = 0 Kelvin) 近くまで冷却され、温度を一定に保たれる。

プロセッサは絶対零度に冷やされる

構造体の先端部分は「Cryoperm Shield」と呼ばれ、ここにプロセッサ (Qubit Processor) が搭載される。構造体の温度は下に行くほど温度が下がり、プロセッサ部分は15 Millikelvinsに保たれる。(Millikelvinは絶対零度から0.001度の温度。宇宙で一番冷たいところは1 Kelvinといわれ、IBM Qは1000倍冷たい。) 写真では分かりにくいが、円柱構造体の右上からシグナルが入り先端部のプロセッサを操作する。プロセッサからのシグナルは円柱構造体の左側を天井方向に進む。

プロセッサ冷却と制御

下の写真はCryoperm Shield (先端部分) より上の構造体を示す (上の写真を裏から見たところ)。左下段の円筒状の装置は「Mixing Chamber」と呼ばれ冷却装置 (Dilution Refrigerator) の最下部となり、プロセッサを冷却する。Mixing Chamberの上の部分は「Input Microwave Lines」と呼ばれ、プロセッサに制御シグナルと読み出しシグナルを送る。シグナルはQubitを保護するために格段で減衰される。

出典: IBM

プロセッサからのシグナル

プロセッサからのシグナルは「Quantum Amplifier」に入り増幅される。このシグナルは「Cryogenic Isolator」(上の写真、右側下段の箱状の装置) に入り、シグナルはパイプの中をノイズからシールドされて進む。更に、シグナルは超電導状態のケーブル (電気抵抗が無くシグナルは減衰しない) を進み、「Qubit Signal Amplifier」という装置で再度増幅される。Qubitのシグナルは極めて弱く、それをノイズから保護し各段で増幅する構造となっている。

Quantum Processor

プロセッサは5つのQubit (下の写真、中央部の正方形の分部) から構成される。Qubitはシリコン基板に超電導メタル (Superconducting Metal) を搭載した構造となっている。IBMはこのプロセッサを2016年5月に発表している。その当時、IBMは50から100 Qubit構成の量子コンピュータの完成には10年かかるとしていた。しかし、今回の発表では50 Qubit構成の量子コンピュータを数年後に出荷すると、予定を大幅に前倒しした。汎用量子コンピュータは近未来の技術と思われていたが、一挙に目の前の製品として姿を現した。

出典: IBM

IBM Qをどう活用するか

IBMは50 Qubitクラスの汎用量子コンピュータの活用方法についても明らかにした。IBM Qは現行コンピュータで処理できない複雑なモデルを実行する。その最重要アプリケーションが化学分野における分子のシミュレーションだ。分子をモデル化するがQuantum State (量子力学で表される状態) までを構築し、分子の特性を精密に理解する。これにより新薬の開発や新素材の開発が大きく進むと期待される。

化学分野やセキュリティ分野

既にIBM研究所で複数の分子モデルをIBM Qで生成することに成功し、実証試験が進んでいる。現行コンピュータではカフェインのような単純構造の分子でもQuantum Stateまでのシミュレーションはできない。これをIBM Qで実行することで新たな知見を得ることができる。この他に、サプライチェインの最適化、金融リスクファクターの解析、暗号化技術の開発などで利用が期待される。

量子コンピュータのアーキテクチャ

量子コンピュータといってもアーキテクチャは一つではなく異なるモデルが存在する。カナダのベンチャー企業D-Waveは「Quantum Annealer」という方式の量子コンピュータを開発し、既に製品を出荷している。この方式はエネルギーレベルを変え (Quantum Fluctuationと呼ばれる)、最小値 (Global Minimum) を見つける構造となる。このため利用できるアプリケーションが限られ、Optimization (配送ルート最適化など) 専用マシンとして位置づけられる。性能面では現行コンピュータを上回ることはない、というのが専門家の共通した見解となっている。

D-Waveは量子コンピュータ技術発展に大きく寄与

D-Waveは量子コンピュータの草分け的存在で、2011年に最初の商用機「D-Wave One」を発表し、Lockheed Martinなどで使われてきた。 後継機「D-Wave 2X」 はGoogleやNASAなどで使われ、最新モデル「D-Wave 2000Q」 (下の写真) は両者が運営するQuantum Artificial Intelligence Labに設置される。D-Waveの機能には制約があるものの、量子コンピュータ技術の発展に大きく寄与し、その功績は高く評価されている。

出典: D-Wave

Universal Quantum Computerとは

IBMはQはUniversal Quantum Computerというタイプの量子コンピュータを開発している。Universal Quantum Computerとは量子コンピュータの本命で、汎用的で超高速なコンピュータを指す。適用できるアプリケーションの幅が広く、物理的には10万Qubitまで搭載でき、桁違いに高速なシステムになる可能性を持っている。但し、開発は極めて難しくコンピュータのグランドチャレンジともいわれる。最初のマシンは数年後に登場しいよいよ量子コンピュータ時代が始まる。

Google自動運転技術が格段に進化、高機能Lidarを開発し自動車部品メーカーを脅かす

March 7th, 2017

Alphabetの自動運転車開発会社Waymoは独自でLidar (レーザーセンサー) 技術の開発を進め、機能が大幅に向上したと発表した。また、WaymoはUberの子会社OttoがLidar技術を盗用したとして提訴した。自動運転車開発競争の中心はLidarで、Waymoの特許を参考に最新技術をレビューする。

出典: Waymo

Automobili-Dカンファレンス

Waymo最高経営責任者John Krafcikは2017年1月、デトロイトで開催されたNAIAS Automobili-D カンファレンスで最新の自動運転技術を発表した。この模様はビデオで公開された。WaymoはChrysler Pacifica Hybridベースの自動運転車 (上の写真) を開発しているが、KrafcikはLidarなどのセンサーを中心に最新技術を説明した。

クライスラーと共同開発

WaymoとFiat Chrysler Automobilesは2016年5月、自動運転車を共同開発することで合意し、100台の自動運転ミニバン「Waymo Self-Driving Pacifica」を製造している。ミニバンはWaymoが開発したハードウェア (Hardware Suit) を搭載し、最高レベルの自動運転車として位置づけられる。

Lidarを自社開発する

初期のGoogle自動運転車は他社製センサーやプロセッサを利用していた。LidarはVelodyne社製のハイエンドモデル「HDL-64E」を採用した (下の写真、屋根の上の円筒状装置)。しかし、この製品は機能的な制約があり、価格は75,000ドルと高価で車両価格を上回った。このため、WymoはLidarを含むセンサー群を自社で開発することとした。

GoogleのAIとWaymoのセンサーを統合

センサーは自動運転車の頭脳であるAIと密接に統合された。センサーを構成する各コンポーネントがAIにより制御され、単一のモジュールのように機能する。Googleがスマートフォン「Pixel」でAndroid OSだけでなくデバイスも自社開発しているように、Waymoもソフトウェアだけでなくハードウェアも開発する方針とした。Googleが得意とするAIとWaymoの高精度センサーが結びつき自動運転技術が一気に進化した。

出典: VentureClef

センサーの種類と搭載位置

WaymoのセンサーはLidar、Vision System、Radarから構成される (下の写真)。ミニバンの屋根には小型ドームが搭載され、ここにLidar、Vision System、Radarが格納される。クルマの四隅にはRadarが設置される。別のタイプのLidarは前後と前方左右四か所に搭載される。

出典: Waymo

Lidarがクルマの眼となる

センサー群の中で中心となるのがLidarだ。Lidarはレーザースキャナーでクルマ周囲のオブジェクトを3Dで把握する。つまり、Lidarは歩行者と人の写真を区別できる。更に、Lidarは静止しているオブジェクトを把握し、距離を精密に測定する。クルマは複雑な市街地を走行し、様々なオブジェクトを検知する必要がある。WaymoのLidarはブラインドスポットが無く、クルマ周囲の歩行者全員を検知できる。また、解像度が高く、歩行者がどちらを向いているかも判定できる。これにより歩行者の行動予測精度が大幅に向上した。

出典: Waymo

Short Range Lidar

Waymoは三種類のLidarを搭載している。一つは「Short Range Lidar」でクルマの前後左右四か所に設置され、周囲のオブジェクトを認識する (上の写真、後部バンパーと右側前方の円筒状の装置)。クルマのすぐ近くにいる小さな子供などを把握する。解像度は高く、自転車に乗っている人のハンドシグナルを読み取ることができる。

Long Range Lidar

もう一つは「Long Range Lidar」 (上の写真、屋根の上のドームの内部に搭載) で遠方にあるオブジェクトにズームインすることができる。フットボール二面先のヘルメットを識別できる精度となる。これ以上の説明はないがWaymoが申請した特許 (下の写真、資料の一部) を読むとLong Range Lidarはユニークな構造となっている。

特許資料によるLong Range Lidarの構造

Long Range Lidarは通常のLidarと可変式のLidarの二つのモジュールから構成される。通常のLidarは固定式で設定された範囲をスキャンする。可変式のLidarはFOV (視野、レーザービームがスキャンする角度) を変えることができる。ズームレンズで特定部分をクローズアップするように、可変式Lidarは発光するレーザービームを狭い範囲に絞り込み、遠方の小さなオブジェクトも判定できるようにする。ただ、この特許が実際の製品にどのように実装されているかは、Waymoの説明を待つ必要がある。

出典: Waymo

Vision Systemはカメラの集合体

Waymoは独自のVision Systemを開発した (一つ前の写真、屋根の上のドームに搭載される)。Vision Systemとはダイナミックレンジの広いカメラの集合体で、8つのVision Moduleから構成され、クルマの周囲360度をカバーする。信号機や道路標識を読むために使われる。Vision Moduleは複数の高精度センサーから成り、ロードコーンのような小さなオブジェクトを遠方から検知できる。

暗いところから明るいところまで見える

Vision Systemはダイナミックレンジが広く、暗いところから明るいところまでイメージを認識できる。暗がりの駐車場から直射日光を受けるまぶしい場面まで幅広く使える。通常のカメラは人間と同じように光の状態により見えにくい状態が発生する。Vision Systemはこの問題を解決するために開発され、太陽光が直接カメラに入る状態でもオブジェクトを把握できる。

Radarを大幅に改良

Waymoは20年にわたり技術進化がないRadarを大幅に改良した。通常のRadarは前方の狭い範囲をカバーするが、WaymoのRadarはクルマの周囲360度を連続してカバーする (一つ前の写真、前方側面と屋根後部のウイング状のデバイス)。雨や霧や雪の時に、Radarは他のセンサーを補完する。また、通常のRadarは車両の動きを把握するために使われるが、WaymoのRadarは車両以外に歩行者や自転車も検知する。移動速度が遅いオブジェクトについても高精度で検知できる。

走行距離とVirtual Miles

Waymoの自動運転車は累積で250万マイル走行した。市街地を中心に走行試験を重ねており、今年5月には300万マイルに達する。路上試験に加えWaymoはシミュレータで走行試験を重ね、2016年だけで10億マイルを走行した。シミュレータでは様々な走行状態を再現できる。ここでクルマにとって難しい状態や稀にしか発生しない事態をシミュレータで生成する。シミュレータでの走行がソフトウェアの改良に寄与している。

安全性が格段に向上

自動運転車の性能はどれだけの距離をドライバーの関与なしに自動走行できたかで決まる。試験走行中にドライバーが自動モードを解除することをDisengageと呼ぶ。Disengageの回数が少ないほど安全性が高いという関係になり、1000マイル走行して何回Disengageが発生したかという指標で評価される。2015年は0.80回で2016年は0.20回と大幅に改善しており、安全性が順調に改善されているのが分かる。ただ、2016年の数字は5000マイルごとに問題が発生しているとも解釈でき、製品として出荷するには更なる改良が求められる。

Lidarの価格が劇的に下がる

WaymoはLidarのコストを大幅に下げることに成功したと発表した。前述Velodyne社製のLidarより90%安い価格で提供する。Velodyne製Lidarの価格が75,000ドルであるが、Waymo製Lidarの価格は7,500ドルと大幅に安くなる。これにより自動運転車開発でセンサーの選択肢が大きく変わる。Lidar価格が高いためカメラを代用している企業も少なくない。Lidarの価格破壊で自動運転技術方式が大きく変わる可能性もある。

WaymoがUberを提訴

Waymoは2017年2月、Ottoとその親会社であるUberに対して訴訟を起こした。Waymoは同社が開発したLidar技術をOttoが不正に入手したとしている。Uberは昨年、誕生して間もないOttoを6億8千万ドルで買収し、創設者であるAnthony Levandowskiを自動運転開発部門責任者に任命した。UberがOttoを買収した理由はLidar技術にあるといわれていた。LevandowskiはGoogle自動運転車開発のコアメンバーであった。Uberはこれに対しWaymoの訴訟は開発を遅らせるための手段であると述べ、全面的に対決する姿勢を見せている。自動運転車でカギを握る技術はLidarであり、訴訟の進展が市場形勢に大きな影響を及ぼす。