生活が横着になったシリコンバレー、人工知能を使った宅配サービスが大ブーム!

April 17th, 2015

シリコンバレーでベンチャーキャピタルの投資が過熱している。1999年のインターネットバブルの投資金額を上回り、第二のブームになっている。インターネットバブルでは、ウェブサービスが中心だったが、今回はリアル社会のサービスが中心となる。その中で、人工知能を駆使した宅配サービスが波紋を広げている。宅配は日本企業の得意分野であるが、ITを駆使したシステムから、学ぶところが少なくない。宅配サービスで横着になった生活をレポートする。

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大型投資の衝撃

生鮮食料品宅配サービスを提供する新興企業「Instacart」は、昨年12月、大手ベンチャーキャピタルから、2億2千万ドル (264億円) の投資を受けた。ベンチャーキャピタルの投資が活発だが、誕生まもない新興企業にこれだけの規模の投資をするのは異例。Instacartは生鮮食料品を”オンデマンド”で配送する。スマホ専用アプリ「Instacart」から、商品を注文すると、宅配スタッフ(Shopperと呼ばれる) が指定したスーパーマーケットで買い物をして、自宅まで届けてくれる (上の写真)。宅配費用は安く、配送時間を一時間ごとに指定できるのがうれしい。

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スーパーマーケットで販売されている商品を購買

このサービスが大人気で、筆者もスーパーマーケットに買い物に行く代わりに、スマホで宅配サービスを利用するようになった。操作は簡単で、アプリで行きつけのスーパーマーケット「Whole Foods」を選ぶと、ホーム画面に商品一覧が表示される (上の写真、左側)。野菜やフルーツの他に、食肉や魚介類 (上の写真、右側)、デリ、牛乳や卵、食パン、パスタ、調味料など、スーパーマーケットで販売されている商品が全て揃っている。通常のショッピングアプリと同じで、アイコンににタッチし、個数を指定して商品をカートに入れる。

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希望する時間帯を一時間単位で選ぶ

商品の選定が終わると、カートアイコンにタッチして、チェックアウトする (上の写真、左側)。決済は登録しているApple Payででき、新興企業のサービスでも安心して利用できる。従来通り、クレジットカードを登録して、支払いするオプションもある。最後に、配送時間の指定画面で、希望する時間帯を一時間単位で選ぶ (上の写真、右側、別の日の事例)。

通常1~2時間程度で配送される。商品は店舗と同じ価格に設定されている。配送手数料は3.99ドルだが、混雑時は4.99ドルかかる。また、購買金額が35ドル以下の場合は、配送手数料が7.99ドルに跳ね上がる。日本では時間単位の同日配送は当たり前だが、シリコンバレーではInstacartが初めて手掛けた。明日朝のシリアルを切らしたときも、直ぐに注文でき、今では手放せないサービスになった。

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注文した商品はInstacart専用のショッピングバッグで、時間通りに届けられた (上の写真)。但し、注文したブロッコリーは在庫が無く、その旨をボイスメッセージで連絡を受け、後ほど、この代金が払い戻された。米国のサービス品質は必ずしも良くないが、商品が時間通りに届き、欠品についての細かい対応に、正直驚いた。

柔軟な勤務体系がサービス品質向上の鍵

宅配スタッフはJimという名前の男性で、自分の自動車を運転して商品を届けてくれた。JimはWhole Foods店舗を担当する配達員で、スマホで注文を受け、それに従い買い物をし、商品を顧客に届ける。Jimは毎週五日程度勤務し、当日は10時から14時までと、16時から18時まで勤務していた。このように、宅配スタッフは自分の都合のいい時間帯だけで仕事ができる。

宅配スタッフの多くは20歳代を中心とする、若い労働層が中心になる。しかし、Jimは60過ぎの男性で、仕事を引退して宅配スタッフをしているようであった。自動車はプリウスで、身なりや話し方からすると、生活に困っている様子ではなかった。引退後も社会にかかわっていたい、という雰囲気を感じた。Instacartは柔軟な勤務体系を提供し、これが優秀な人材を惹きつける。シリコンバレーでの働き方が大きく変わった。

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配送員になるプロセス

宅配スタッフを希望する人はInstacart専用サイトから応募する。応募者は履歴などの調査の後、面接と教育を受け採用される。上の写真は応募のプロセスを示したもので、氏名などの基本情報の他、希望の勤務体系を記載する。ここで、仕事をする曜日や勤務時間などを指定する。また、希望する勤務地域を指定できる。自動車を持っていればその情報を記載する。ウェブサイトで応募し、簡単に宅配スタッフになれる。

Instacartはパートタイムとは異なる。パートタイムでは、会社が勤務時間を指定するが、Instacartは従業員が勤務時間を選択できる。好みの時間を自由に選択できるという意味で”アラカルト勤務”とも呼ばれている。自由度が大きい勤務体系が、今の時代の労働者にアピールしている。

ソフトウェアの力にかかっている

一方、雇用側は、配送スタッフの数が曜日や時間帯により大きく変わるため、需要に合わせた労働力の確保が新たな課題となる。マニュアルでの調整では間に合わず、人工知能など、ソフトウェアを駆使して最適化する。待ち時間を最小限にし、顧客へ1時間以内に配送できるシステムの構築は、ソフトウェアの機能にかかっている。配送員の位置情報をGPSで把握し、日時や天候などの要因を勘案し、最適なロジスティックスを構成する。パターンの数が膨大で、Machine Learningなどの手法を活用し、過去の事例を学習し、労働力の最適化を図っている。

システムは学習を続けている

Instacartのシステムは完成している訳ではなく、まだ学習を続けている。Instacartの宅配スタッフは正社員ではなくコントラクターで、4000人いるとされる。宅配スタッフの給与は、配送件数と商品アイテムの数から算出される。Instacartは時給25ドル程度としているが、閑散期には時給10ドル程度ともいわれている。顧客からの注文が少ない時は、配送員は自動車の中で待機し、次の注文を待つことになる。配送員は多めに配置され、バッファーとしての機能も担っているようだ。

Uberのモデルをコピー

Instacartのシステムは、合法なハイテク白タク「Uber」のモデルをコピーしたものである。Uberはライドシェアと呼ばれる運輸ネットワークを展開し、45か国130都市でビジネスを展開している。ドライバーは、自家用車を使い、自分の都合に合わせ働くことができる。この労働形態がドライバーに訴求し、サンフランシスコ地区ではタクシードライバーが、雪崩を打ってUberに移動している。

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Uberモデルをレストランの出前に応用

宅配サービスは、スーパーマーケットの買い物だけに留まらない。出前サービス「DoorDash」が破竹の勢いで事業を拡大している。同社は、地域のレストランと提携し、出前サービスを展開している。スマホ専用アプリから、レストランの料理を注文すると、DoorDashの宅配スタッフ (Dasherと呼ばれる) が届けてくれる。

アプリには近所のレストランが掲載され (上の写真、左側)、希望のレストランのメニューから料理を選ぶ (同右側)。この日は昼ごはんに、クレープを注文しているところである。料理を選んで、チェックアウト画面で支払いをする。ここでもApple Payで決済でき、安心して利用できる。料理の値段は同じだが、配送手数料が一律に5.99ドルかかる。チップはオプションでパーセントボタンを押して支払う。

注文が終わると、アプリには配送プロセスが表示される。11:02に注文を受け付け、到着予定時刻は11:49と表示された。実際には11:38に料理が届けられ、配達されるまでの時間は36分だった。30分程度で料理が届くので、一回使い始めると、止められなくなった。

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レストランで食事するより早い

この日は「Crepevine」というレストランでSiena CrepeとPattaya Crepeを注文した (上の写真)。サラダとスプーンやフォークがついてきて、そのまま食事ができる。ここは大人気のレストランだが、予約は取らず、店では席が空くのを待たなくてはならない。DoorDashを使うと30分程度で食事が届くので、レストランで食事するより早く食べられる。

出前スタッフは女子学生で、自分の車で配送してくれた。女性は時間がある時に、DoorDashで出前サービスをしているとのこと。忙しそうでゆっくり話を聞けなかったが、学費や生活費を稼ぐため、働いている様子であった。

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インフラのコストは最少

出前で使う自動車には、フロントグラスにDoorDashのプレートが付いているだけで、特別な仕様にはなっていない。また、配送スタッフはDoorDashのTシャツを着ているが (上の写真)、私服で来る人も少なくない。つまり、DoorDashは、出前サービスのインフラには、ほとんどコストをかけていない。ハードウェアにはお金をかけないで、ITを駆使して身軽に配送事業を展開するのが、いまのビジネスモデルになっている。ただ、DoorDashのケースでは、調理というプロセスが入るので、ロジスティックスが格段に複雑となる。調理時間や間違った料理への対応などが必要となり、人工知能の手法であるMachine Learningを使っていると言われている。

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Googleがベンチャーに苦戦

ベンチャー企業の登場で、Googleが苦戦している。Googleは、独自の配送サービス「Shopping Express」を展開しているが、伸び悩んでいる。Amazon対抗のサービスとして開始したが、実際には、小回りの利くベンチャー企業との競合が厳しくなっている。Shopping Expressで注文すると、配送は翌日で、しかも配送時間帯は午前・午後・夜の枠から選ぶこととなる。同日配送や一時間ごとの指定ができない。配送手数料も4.99ドルと、やや高めの設定である。

そもそもShopping Expressは、生鮮食料品を取り扱っておらず、衣料品や家庭用品などが中心となる。そのため、毎日利用するのではなく、使用頻度はぐっと低くなる。ずっとShopping Expressを使ってきたが、今ではInstacartに乗り換えた格好となっている。上の写真はShopping Express専用車両で、通りで頻繁に目にする。インフラにコストがかかっており、Googleのサービスが重厚長大で、時代の波に乗り遅れているのを感じる。

シリコンバレーの生活パターンが変わる

Instacartはニューヨークなど15の主要都市で事業を展開している。シリコンバレーでは多くの家庭がInstacartを利用している。また、DoorDashはサンフランシスコを中心に、7都市でサービスを展開している。シリコンバレーではDoorDashが大人気で、パロアルトでは4軒に1軒が利用しているといわれている。前述の通り、人気レストランで食事を注文するより、出前サービスのほうが早く食事できる。ただ、DoorDashの出前料金は少し高いので、筆者宅では友人と一緒にレストランに行く代わりに、DoorDashを利用している。出前サービスで料理を注文すると、自宅でくつろいで食事ができる。

シリコンバレーで働き方も大きく変わった。パートタイムとして企業に就職する代わりに、InstacartやDoorDashなどで、自分の都合のいい時間に働くスタイルが広まってきた。類似のサービスが数多く登場しており、これを本業としている人も出始めた。複数の仕事を掛け持ちし、時給が最大になる組み合わせで働く。稼ぐ人であれば、年収6万ドル (720万円) になる人もでてきている。Uberが仕掛けたビジネスモデルが、幅広い分野で波紋を広げている。

企業側のビジネスモデル

大手ベンチャーキャピタルがInstacartに大規模な投資をし、DoorDashに注目しているのは、このビジネスモデルを高く評価しているため。Instacartで買い物をしても、価格はスーパーマーケットと同じ設定となっている。これが可能となるのは、Instacartがスーパーマーケットから、販売コミッションを貰う仕組みとなっているため。つまり、スーパーマーケットとしては、Instacartを新しい販売チャネルとして位置づけ、新規顧客を呼び込み売り上げが増えるとみている。

一方で、大手スーパーマーケット「Safeway」で買い物をすると、商品価格が15%増しとなる。これは、コミッションを貰えないケースで、追加料金がInstacartの事業収益となる。実は、Safewayは独自の配送サービスを展開しており、Instacartとは競合する関係にある。

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DoorDashも同じ構造で、レストランからコミッションを貰っているといわれている。レストラン側としては、DoorDashの出前サービスが新たな販売チャネルで、売り上げが伸びるとみている。事実、レストラン側としては、出前サービスで売り上げが伸びており、重要な新規事業として力を入れている。ただ、消費者の視点からは、レストラン出前サービスが乱立状態で、受け取る料理の品質に大きな幅があり、レストランの選択には注意が必要。上の写真はクレープを注文したCrepevineで、ウェブサイト前面でDoorDashを紹介し、出前サービスを積極的にプロモーションしている。

高齢化社会の重要なインフラ

このモデルは日本の都市部での配送システムに応用できるかもしれない。日本では既に大手企業の宅配サービスが充実しているが、もっとフットワークの軽いモデルを構築できれば、誰でも気軽に安い値段で利用できる。特に、自由に買い物に行けないシニア層向けに提供できれば、高齢化社会の重要なインフラとして機能する。これらのサービスを支えているのがMachine Learningなど人工知能で、IT企業の果たす役割が重要となる。

Apple Watchを見据えたデジタルヘルス、臨床試験基盤「ResearchKit」で医学が進歩!

April 3rd, 2015

センサーやウエアラブルや人工知能の進化で、デジタルヘルスが転換点に差し掛かっている。Appleは昨年9月、「Health」アプリを投入し、健康管理市場へ参入した。先月は、臨床試験基盤「ResearchKit」を発表し、医療研究を下支えするフレームワークを投入。来月にはApple Watchが登場し、健康管理で重要な役割を担う。Appleのデジタルヘルス戦略のストーリーが繋がってきた。

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臨床試験を支援するサービス

医療現場でResearchKitが話題になっている。ResearchKitは医療機関向けの技術で、これを使えば簡単に臨床試験アプリを開発できる。一方、臨床試験に参加するモニターは、iPhoneでこのアプリを稼働し、身体情報を記録する。具体的には、臨床試験アプリは、健康管理アプリ「Health」が収集したデータを読み込み、モニターのアクティビティや健康状態を収集する。医療機関はこれらデータを解析し、医療情報に関する知見を得る構造となっている。

既に、ResearchKitで開発された臨床試験アプリが登場している。Stanford Medicine (スタンフォード大学医学部) は、心臓の健康状態を解析するアプリ「MyHeart Counts」を開発した (上の写真、アプリ専用サイト)。このアプリはモニターの日常生活をモニターすることで、生活習慣と心臓疾患の関係を医学的に解明することを目標にしている。更に、心臓疾患を予防するためには、どのような生活を送るべきかを理解する。

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モニターになってみた

筆者もこのアプリを使った臨床試験に参加した (上の写真左側、アプリ初期画面)。こう書くと仰々しいが、誰でも簡単に臨床試験に参加できるのがこのアプリの最大の特徴だ。アプリで研究目的や注意事項を読み (上の写真右側)、同意書に名前をタイプするだけで手続きが完了。スタンフォード大学病院に行って説明を受ける必要は無く、全てアプリで完結する。使用できるスマホは、iPhone 5s、iPhone 6、及びiPhone 6 Plusだが、既にApple Watch向け機能も実装されている。モニターは、身体情報を大学病院に”寄付”するが、その見返りとして、心臓の健康状態を把握できる。

モニターはアプリが指定するタスクを実行し、アンケート調査に回答する方式で進む。アプリはiPhoneセンサーでモニターの動きを自動で把握し、収集したデータから、行動パターンや心臓の健康状態を理解する。収集したデータは暗号化して送信され、名前はランダムに発生したコードで置き換えられる。身体情報を扱う研究なので、セキュリティー機能に配慮されている。ただ、収集したデータはスタンフォード大学以外でも使われる可能性ありとの記述が気になったが、ここは目をつぶってサインした。

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アプリが読み込むデータソース

試験開始前に、アプリが読み込む身体情報のデータソースを指定する。上述の通り、モニターの行動は、iPhoneに搭載されている各種センサーで、自動的に収集される。センサーが収集したデータはHealthに格納され、これをアプリが利用する構造となっている。上の写真左側がその設定画面で、Healthに格納しているデータの中で、アプリがアクセスできる項目を指定する。身長や体重などの基本情報へのアクセスを許諾した。また、血糖値や血圧など、健康診断情報へのアクセスも許諾した。最後に、アンケート調査に回答する。質問は、健康状態から家族の病歴まで、広範囲に及ぶ。上の写真右側がアンケート調査の画面で、ここでは仕事と運動量についての質問に回答している。

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データ計測は自動で行われる

試験中はiPhoneを携帯して生活するだけで、何も特別な操作は必要ない。iPhoneはズボンのポケットに入れるよう指定され、加速度計がアクティビティーや歩数を自動で計測する。一日が終わると、前日の睡眠時間など、簡単な質問に回答する。これで計測が終了し、その結果が円グラフで表示される (上の写真左側、下段)。円グラフの色が、アクティビティー種目 (睡眠、座ってる状態、運動している状態など) を示す。更に、一日の歩数が示される。アクティビティーや歩数は、上述の通り、健康管理アプリHealthで収集される。上の写真右側がHealthアプリの「Step」画面で、一日の歩行数を示している。アプリはここから歩数などのデータを読み込む。

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心臓年齢や病気に罹る確率

計測は一週間続き、最後に「ストレステスト」が行われる (上の写真左側)。これは名前の通り、心臓に負荷をかけ、心拍数を測定し健康状態を算定するものである。モニターは三分間、できるだけ早く歩き、アプリはその歩行距離を記録する。Apple Watchや他のウエアラブルで、歩行中と終了三分後の心拍数を計測する。アプリは年齢、性別、身長・体重に応じた歩行距離や心拍数をベースに、モニターのフィットネスを算定する。まだApple Watchは出荷されていないので、今回は歩行距離だけが使われた。

アンケート調査「Heart Age」に回答すると、モニターの心臓年齢を算出する (上の写真右側、サンプル)。心臓の健康年齢と病気 (心臓疾患と脳梗塞) にかかるリスクの割合が表示される。このケースでは、62歳のモニターの心臓年齢は60歳と若く判定されている。病気発症の確率は6%と、目標値 (7%) よりいい結果となっている。(筆者のケースでは、病気に罹るリスクが標準より高いと判定された。健康状態をデジタルに示されるとインパクトが大きい。これを契機に、食生活の改善や運動の強化を考えているところ。)

運動を促すコーチング

試験は7日間続き、これが1セットとなり、三か月ごとに繰り返される。一週間の試験が終わると、アプリはモニターに対し、毎日運動するよう「コーチング」を行う。三か月後に、再度、同じ試験を一週間にわたり行う。コーチングはゲームやメッセージなどで、アプリはどの方式が一番効果があるかを検証する。但し、筆者のケースでは、一週間のテスト期間が終了したが、コーチング情報は表示されていない。

大反響を呼んだ臨床試験アプリ

スタンフォード大学は、アプリを公開して24時間で、1万人が登録したと公表した。これだけの規模のモニターを募るには、通常、一年の歳月と50の医療機関が必要とされる。iPhoneアプリとHealthで臨床試験ができるようになり、多くのモニターを短期間で集めることができた。収集したデータはそのままクラウドに記録される。従来の紙ベースの臨床試験と比べ、はるかに効率的に知見を得ることができると評価している。

臨床試験アプリへのコメント

一方、ResearchKitで開発したアプリを使った臨床試験に対し、様々な意見が寄せられている。モニターから得られるデータの質が議論となっている。iPhone利用者は高学歴・高収入という統計情報があり、臨床試験モニターはデモグラフィックスを正しく反映していないのでは、という疑問の声も聞かれる。その一方で、FDA (米国食品医薬品局、新薬などの認可をする機関) はスマホを使った臨床試験について肯定的な評価をしている。アプリを使った臨床試験で、医療技術が進むことを期待している。因みに、このアプリは医療行為は行わないため、FDAの認可は不要である。

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パーキンソン病研究アプリなど

MyHeart Counts以外にも、ResearchKitで開発されたアプリが登場している。その一つがパーキンソン病研究のためのアプリ「mPower」で、University of RochesterとSage Bionetworksにより開発された。アプリで敏捷性、バランス、記憶力、足並みを測定することで、日常の行動と病気の関係を理解する。モニターはアプリを起動し、人細指と中指で画面を早くタップしたり (上の写真)、マイクに向かって長く「アー」と発声する。俊敏性や発声とパーキンソン病の関係を解析する。研究に寄与するだけでなく、モニターは自身の病気の予兆を早く知ることができる。また、糖尿病研究のためのアプリ「GlucoSuccess」や乳癌研究のアプリ「Share the Journey」などもリリースされている。

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IT企業はデジタルヘルスに向う

Googleは2014年7月、人体の研究を行うプロジェクト「Baseline Study」を開始した。Baseline Studyは175人の健康なモニターから遺伝子と分子情報を収集し、健康な人体のベースライン情報を把握する。心臓疾患や癌の兆候を早期に発見することを目的とする。身体情報はウエアラブルで収取される。Googleが開発したコンタクトレンズを使うと、血糖値をリアルタイムで測定できる。測定したデータは、個人の遺伝子情報と共に、人工知能を使って解析される。健康な人体を定義し、医師は病気予防に重点を置いた措置が可能となる。他に、Microsoft、IBM、Samsungなども、デジタルヘルス分野で技術開発を加速している。IT企業がデジタルヘルス事業を展開する背後には、テクノロジーの進化がある。プロセッサーやセンサーや人工知能の技術開発が進み、低価格で生体情報を収集・解析できるようになった。

AppleはResearchKitで、Healthやウエアラブルを束ねるアプローチを取っている。ResaerchKitを使うと、病院や製薬会社は、簡単に臨床試験を展開できる。現在は、iPhoneで身体情報を収集するが、やはり最適なデバイスはウエアラブルで、Apple Watchを見据えた設計となっている (上の写真)。Apple Watchの機能は心拍数の計測に留まるが、将来は、幅広い生体情報を収集すると期待されている。消費者にとってはResearchKitは無縁の存在であるが、医療現場では医学研究にインパクトを与える画期的なツールとして評価が高まっている。今年はデジタルヘルス市場でブレークスルーが起ころうとしている。

Teslaはコンピューター!ソフトウェアが定義するクルマと自動運転技術 (2/2)

March 27th, 2015

Teslaは”Software-Defined Car”とも呼ばれ、ソフトウェアがクルマの機能を定義する。ソフトウェアは恒常的に進化し、アップデートがWiFiなどでクルマにダウンロードされる。この夏に予定されているアップデートで、自動運転機能が追加される。Teslaを情報通信機器と区分しても、それ程違和感はない。急速に進化するTeslaをレポートする。

Teslaの自動運転機能

Version 7.0はこの夏にリリースされる予定で、このアップデートで自動運転機能「Autopilot」が登場する。Autopilotは、道路に沿って、前の車と指定した距離を保ち、自動で走行する機能。道路がカーブしていても、Autopilotが自動でハンドルを切る。前のクルマがスピードを落とすと、それに従って減速する。

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自動で車線変更する「Lane Changing」も登場する。ドライバーが方向指示器を操作すると、クルマが自動でその方向に車線変更する (上の写真)。ドライバーがマニュアルで車線変更する時は、隣のレーンにクルマがいれば、アラートをあげる。前方のクルマに急速に接近すると警報がなり、緊急事態ではクルマが自動で停止する。

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Autopilotで運転している時のディスプレイ

インスツルメントパネルのデザインも一新される。上の写真はAutopilotで運転している時のディスプレイで、中心部分にセンサーが捉えた周囲のオブジェクトが表示される。前方のクルマとの車間距離は青色のバーで示され、この距離を保って走行する。追従モードを選択することもできる。アグレッシブ・モードでは、前のクルマとの車間距離を詰め、追跡するような勢いで追随する。反対に、リラックス・モードでは、車間距離を十分にとり、余裕を持った走りができる。接触の危険性があるクルマは赤色で表示され、ドライバーがハンドル操作で、制御をオーバーライドできる。

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自動で駐車する機能

自動駐車機能「Autopilot Parking」も登場する。路上で駐車スポットを見つけると、クルマはそれをドライバーに知らせ、自動で駐車する。充電ステーションSuperchargerでは、自動で空きスペースを見つけ駐車する。自宅ではクルマが自動でガレージに駐車する。狭いガレージにクルマを出し入れする必要は無い。私有地であれば、クルマはドライバーのスケジュールを把握し、自動でガレージのドアを開け、外に出て路肩に駐車して搭乗を待つ (上の写真)。クルマはGPSを備え、リアルタイムで渋滞情報を受信する。自宅から目的地までの所要時間を計算でき、クルマは時間になると、路肩でスタンバイする。まるでハイヤーを利用する気分で、ドライバーは玄関前で待っている車に乗る。Teslaはドライバーとクルマの新しいユーザーインターフェイスを提案している。

クルマとInternet of Things

因みに、クルマが自動でガレージのドアを開ける機能は、現行モデルで既にサポートされている。クルマと自宅の関係が大きく変わっている。インテリジェント・サーモスタット「Nest」は、クルマと交信し、ドライバーの帰宅時間を把握する。ドライバーが帰宅すると、玄関に明かりがともり、室内が最適の温度になっている。クルマがInternet of Thingsの重要なコンポーネントを構成している。

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クルマに搭載されているセンサー

これら自動運転機能は車載センサーを使って行われる。センサーは既に搭載されており (上の写真、テストドライブした車両)、ソフトウェアのアップデートで、自動運転機能が加わる。クルマはカメラを前方と後方に一台づつ搭載している。前方カメラは室内リアビューミラー背後に設置され、道路標識や信号や歩行者を把握する。レーダーはフロントグリル下部に設置され、前方のオブジェクトを把握する。レーダーの認識範囲は長距離で、雨や雪などの悪天候でも使える。

超音波センサーはクルマを取り巻くように、前方と後方に合計12台搭載されている (上の写真、ヘッドライト下の小さな円形の部分)。超音波センサーは車両の周り360度をカバーし、子供や動物など、ソフト・オブジェクトを含む物体を把握する。Autopilotは、これらセンサーからの情報を元に、走行ルートや速度を決定する。車線変更の際は超音波センサーで安全を確認する。Autopilot Parkingは、超音波センサーを使い、周囲の障害物を把握して駐車する。後方カメラは人が運転する時、後方のイメージをタッチスクリーンに表示する。

ハンドルから手を離して自動走行

Teslaは、Autopilotはハイウェーと主要幹線道路で利用できる、と公表している。ドライバーはAutopilotをオンにすると、ハンドルから手を離し、アクセルから足を外すことができる。但し、Autopilotは完全な自動運転機能ではなく、あくまで運転支援機能という位置付けである。このためドライバーは走行中、路上から目を離すことはできない。緊急事態には、ドライバーがハンドルやブレーキ操作をする必要がある。運転の全責任はドライバーにある。この意味で、Google自動運転車とは異なるコンセプトのデザインとなっている。Autopilotは、完全自動運転を目指す、一里塚ということになる。

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道路交通法の観点からはグレーゾン

道路交通法の観点からは、Autopilotはグレーゾンであることも事実。現行法令がこの機能をカバーして、明確に認めている訳ではない。つまり、Autopilot機能を使ったドライバーは、違法行為で検挙される危険性を含んでいる。道路交通法がテクノロジーの進化に追随できていない状態が続いている。このため、Mercedes-Benzなども同様の機能を提供しているが、ドライバーにハンドルを握ることを求めている。これに対してTeslaは、Autopilotは現行の道路交通法と矛盾するものではないとし、問題は無いとの見解を示している。事実、Teslaはサンフランシスコからシアトルまで、Autopilotの試験を展開中である (上の写真、イメージ)。Teslaオーナーとしては、Autopilotで手を離してもいいのかどうか気になるところで、この夏までに明快な法令が示されるのか、注目が集まっている。

法令整備のアイディア

Tesla MotorsのCEOであるElon Muskは、自動運転技術に対する法令整備の遅れに対し、建設的な提言を行っている。自動運転車を”Shadow Mode”で稼働させ、法令整備を進める案を提案した。実際に路上で運転するのではなく、自動運転車をソフトウェアでシミュレーションし、様々な状況を作り出す。ここで自動車運転車の特性を科学的に理解する。事故の起こる統計情報を得て、客観的なデータに基づき、自動運転車の関連法令を定める、という提案である。市場のムードに影響されるべきでないという主張でもある。米国では、自動運転車に対し、恐怖感を抱いている人が少なくない。無人のクルマが街を走り回り、薄気味悪いという感覚である。これらの意見に押されて、政府は自動運転車への対応で、保守的なポジションに傾いている。

人間の運転は禁止すべき

Muskは、自動運転車は人間が運転するよりはるかに安全で、将来は人間が自動車を運転することを禁止すべきと主張している。自動運転車はエレベーターで、ボタンを押すとその階まで連れて行ってくれる。エレベーターガールは不要だという主張である。運転という苦痛から解放され、自動運転車の登場を待ち望んでいる人は少なくない。

その一方で、運転が好きな人は多く、ドライブの楽しみを奪うことに対し、反対意見が出ることは必至である。特に、米国人は自動車の運転を憲法で保障された権利と認識し、自由に移動する権利を殊のほか重要と考える。

ただ、自動運転車の登場で社会通念は大きく変わる可能性がある。自動運転車が運行を始め、格段に安全に走行できれば、社会の評価が大きく向上する。同時に、人間のドライバーに対しても、同等の安全水準が求められる。つまり、運転免許証取得の基準を強化するというアプローチも一つの選択肢となる。日本では厳しい試験が課されるが、米国ではほぼ誰でも合格できる。Muskの発言は、交通事故を減らす手段を提言したもので、テクノロジーの役割が改めて問われている。

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自動車製造はソフトウェア産業

クルマの説明をしてくれたKimは、Teslaの特徴はそのシンプリシティーだと繰り返し強調した。上の写真はTeslaのスケルトンで、赤色の部分がモーターを示す。バッテリーは銀色のパネルの下に配置される。トランスミッションやドライブシャフトなどは無く、シンプルな構造となっているのが視覚的に分かる。ハードウェアの複雑性が無くなり、ソフトウェアの比重がぐんと増す。車体という標準プラットフォームでソフトウェア開発をしているというイメージに近い。Appleが電気自動車を開発していると報道されても、違和感は感じない。

利用者とのインターフェイスはタッチパネルで柔軟に定義できる。搭載しているソフトウェアは、WiFi経由で定期的にアップデートされる。AutopilotやAutopilot Parkingのような、クールな”アプリ”も登場する。Teslaに試乗して”Software-Defined Car”と言われる意味を実感した。

Teslaはコンピューター!ソフトウェアが定義するクルマと自動運転技術 (1/2)

March 20th, 2015

Teslaは”Software-Defined Car”とも呼ばれ、ソフトウェアがクルマの機能を定義する。ソフトウェアは恒常的に進化し、アップデートがWiFiなどでクルマにダウンロードされる。この夏に予定されているアップデートで、自動運転機能が追加される。Teslaを情報通信機器と区分しても、それ程違和感はない。急速に進化するTeslaをレポートする。

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Teslaはコンピューターを実感

テストドライブして、Teslaは自動車でななく、”走るコンピューター”と実感した (上の写真、試乗したTesla Model S 85D)。ユーザーインターフェイスはタッチパネルで、クルマの機能をディスプレイで操作する。iPhoneでアイコンにタッチしてアプリを使うように、Teslaの操作は直観的で、クールな”アプリ”が揃っている。iPhoneにOSアップデートをダウンロードして機能アップするように、Teslaにソフトウェアをダウンロードして、自動運転機能をインストールする。クルマの設計思想がiPhoneから多大な影響を受けており、シリコンバレー文化を感じさせる製品仕立てとなっている。

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二系統のコンピューターシステム

Tesla MotorsのOwner AdvisorであるKimに操作を教えてもらいながら、テストドライブした。クルマの形状のカーキーをポケットに入れたまま、クルマに近づくと、ドアハンドルがポッポアップし、扉を開けることができる。運転席にはカーキーを差し込むスロットや、スタートボタンは無い。キーをポケットに入れたままで、レバー (上の写真、ハンドル右側のバー) を上に押してエンジンを始動。このレバーがシフトレバーを兼ねる。

上の写真はエンジンを始動したところで、インスツルメントパネル (正面) には、速度計が表示される。走行可能距離 (241マイル) も表示される。右手には大型タッチスクリーンが設置されている (上の写真、右端)。ここに操作や運行に関する情報が表示される。上の事例は、電力消費量 (上部) とGoogle Maps (下部) が表示されている様子。インスツルメントパネルとタッチスクリーンは、二系統のコンピューターで稼働する。NvidiaのVisual Computing Module (車載プロセッサー) が使われ、高速プロセッサー「Tegra K1」が二台搭載されている。二系統の高性能コンピューターが運転をアシストする構造となっている。

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タッチスクリーンで操作

Teslaのユーザーインターフェイスは17インチのタッチスクリーンで、iPhoneを操作するようにクルマを制御する。上の写真は、サンルーフアイコンを指でスライドし、空ける操作をしている様子 (スクリーン上部)。iPhoneでロックスクリーンを開く感覚で操作できる。スクリーン下部は、ヘッドライトや室内灯の操作画面で、ボタンにタッチして点灯する。

サスペンション設定画面では車高を設定できる。走行中は速度に応じ、クルマが自動で車高を調整する。位置情報に応じた車高設定機能もある。急な坂やスピードバンプで車高を高く設定すると、クルマはその場所を把握する。搭載しているGPSで位置情報を認識し、その場所を通過する時は、設定した車高となる。

機能や特性をソフトウェアで生成

ステアリングモード画面でハンドルの感度を選択できる。スポーツモードを選ぶと、レースカーのように、機敏なハンドリングを味わえる。興味深いのはクリープ機能で、ブレーキから足を離したときに、するすると前に動くモードを設定できる。オートマ自動車特有の動きで、電気自動車でこれをエミュレーションできる。つまり、Teslaの機能や特性は、ソフトウェアでいかようにでも生成できる。iPhoneにクールなアプリをダウンロードして機能を増やすように、ソフトウェアがクルマの機能を決定する。

アクセルを踏んだ時のレスポンス

操作法の説明を聞いた後、テストドライブに出た。電気自動車の静かさと、アクセルを踏んだ時のレスポンスの速さには、改めて驚かされる。Kimによると、停止状態から時速60マイル (時速96キロ) に達するまでの時間は3.2秒 (Model S P85Dのケース) とのこと。これはPorsche 911 GT3 (レースで使われるハイパフォーマンス版のPorsche) と同じレベルになる。加速の俊敏性に惹かれてTeslaを購入する人も少なくないとのこと。但し、Teslaの最高速度は時速120マイル (時速192キロ) に抑えられている。

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コンピュータービジョンと安全機能

運転していて印象的だったのは、安全に配慮した機能が充実していること。その一つが速度オーバー警告機能で、スピードを出し過ぎると警告アイコンが表示される。上の写真がその様子で、インスツルメントパネルに、現行速度 (時速44マイル) と法定速度 (時速40マイル) アイコンが示され、スピードの出し過ぎに注意を促している。クルマは搭載しているカメラで道路標識を読み、その意味を理解する。この他に、運転中にレーンを右側にはみ出したときは、ハンドルが震えて警告した。これは、レーンアシスト機能で、カメラがレーンのはみ出しを認識して、ドライバーに注意を促す。コンピュータービジョンの精度が向上し、クルマが自動車学校の先生のように、ドライバーの安全運転を監視できるようになった。

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ソフトウェア・アップデートで機能追加

ソフトウェアの更新でTeslaの機能がどんどん増えていく。クルマは常に3G又はWiFiネットワークに接続され、ソフトウェア・アップデートを自動でダウンロードする。ダウンロードが完了すると、アップデート画面が表示され、そのままインストールするか、開始時間を指定する。インストールする際は、クルマをパーキングモードにしておく。

テストドライブで使ったクルマは、最新版のソフトウェア「Version 6.1」で動いている。上の写真はリリースノートで、ここにVersion 6.1の新機能が説明されている。次のアップデートは「Version 6.2」で、更に新しい機能が追加される。主要機能はバッテリー切れ防止で、クルマが自動でドライブルートを計算する。遠出する時に、クルマが充電を考慮し、専用充電ステーション「Supercharger」を含む、最適のルートを計算する。クルマの指示通り走れば、長距離ドライブを楽しめる。

Version 7.0で自動運転技術を追加

注目のアップグレードは「Version 7.0」で、自動運転技術「Autopilot」が追加される。クルマ本体は同じであるが、ソフトウェアをアップデートすることで、どんどん機能が増えていく。自動運転技術もソフトウェアの改版で対応する。iPhoneと同じ仕組みで、Teslaを購買した後もクルマが成長を続ける。ソフトウェア・アップデートを見ると、Teslaは自動車というより、情報通信機器としての色彩が強い製品と感じる。

モバイル決済事業で激動の予兆!Googleは「Android Pay」で”おサイフケータイ”に再挑戦

March 13th, 2015

「Google Wallet」で苦戦しているGoogleは、モバイル決済基盤「Android Pay」を投入し、“おサイフケータイ”事業の再構築を目指す。モバイル決済基盤とは分かりにくいコンセプトであるが、Android PayはGoogle Walletというアプリを稼働させるプラットフォームとして機能する。Google Walletだけでなく、他社が開発した決済アプリを稼働させるのが狙いだ。Apple Payという巨人に対抗するため、Samsung Payを含め、Android陣営の力を結集することを狙っている。更に、ここでフィンテック (FinTech) イノベーションが起きることを期待している。激動が予想されるGoogleのモバイル決済戦略をレポートする。

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モバイル決済基盤とフィンテック

Googleの上級副社長Sundar Pichaiは、バルセロナで開催されたWorld Mobile Congressで、モバイル決済基盤「Android Pay」を開発していることを明らかにした (上の写真)。この模様はMobile World Liveで放送された。Android Payは噂が先行していたが、今回初めてその一端が明らかになった。詳細については、開発者会議Google I/Oで発表される予定。

Android Payは、Google Walletとは異なり、モバイル決済基盤で、Android OSで稼働するアプリに、決済機能を提供する。Google Walletは、Android Payで稼働する、一つのアプリとして位置づけられる。具体的には、アプリはAndroid Payが提供するAPIを使い、決済機能を利用できる。Android Payがアプリの背後で、NFC (Near Field Communication) 通信、セキュアーな通信 (トークンを使った通信)、更に、将来は指紋認証による本人確認を行う。つまり、Android Payを使うと、誰でも簡単に”おサイフケータイ”を開発し、事業を始めることができる。決済アプリ開発の敷居がぐんと下がり、フィンテックと呼ばれる斬新なモバイル決済サービスが登場すると期待されている。

Samsung Payとの関係は複雑

Samsungは、同じ会場で前日に、「Samsung Pay」を発表している。これはGoogle Walletと正面からぶつかり、Googleの対応が注目されていた。Pichaiはこの発表に関し、Samsung PayはGoogleのタイムラインと異なるスケジュールで進んでいる、と述べている。具体的な内容には言及しなかったが、Samsung PayもAndroid PayのAPIを使うことができることを意味している。つまり、Samsung PayをAndroid Payで稼働する一つのアプリとして位置づけ、Googleのコントロール配下に置きたい、という意図がうかがえる。Googleとしては、Android陣営内で内輪争いをするのではなく、リソースを共有し、理路整然とおサイフケータイ事業を展開することを目指している。

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Apple Payが”黒船”になった

Google Walletは2011年にサービスが始まったが、利用者数は伸びなかった。しかし、Apple Payの登場で米国市場が一変した。Apple Payが決済方式のスタンダートとなり、それに伴い、Google Walletの人気が出てきた。Google Walletの処理金額が50%増加したと言われている。Apple Payが米国モバイル決済市場の”黒船”になった。

Apple Payを使うためにiPhone 6を購入する人も多いと言われている。店舗により普及率が異なるが、健康食品スーパーマーケット「Whole Foods」(上の写真) では、カード決済の20%がApple Payという統計がある。サービス開始当初はApple Payで支払いをすると珍しがられたが、今では普通の光景になった。レジでiPhoneを手に持っていると、「Apple Payですね」と言って、会計処理をしてくれる。Google Walletではこのような現象は起こらなかったが、Appleの影響力の甚大さを改めて認識した。

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Google Wallet苦戦の理由

Google Walletが市場に受け入れられなかった理由は多々ある。最大の理由は通信キャリアとの関係で、これが事業展開の障害となってきた。通信キャリア三社 (Verizon、AT&T、T-Mobile) は、ジョイントベンチャー「Softcard」(当初の名前はISIS) を立ち上げ、モバイル決済事業を目指した。Google Walletと正面から競合する関係にあった。

このため、通信キャリアは販売するスマートフォンに、Google Walletをプレロードすることを受け入れなかった。更に、通信キャリアは、Google Walletの機能を技術的に制限した。具体的には、Google Walletで決済する時には、セキュアーエレメントに格納しているカード情報を、決済システムに送る必要がある。通信キャリアはこの通信を遮断して、Google Wallet事業を制限した。(セキュアーエレメントは通信キャリアのSIMカードにある。)

筆者はVerizonから購入したスマホで、Google Walletを使ってきた (上の写真)。サービス開始当初は使えたが、途中から使えなくなった。Googleから説明は無かったが、この時点でセキュアーエレメントの通信がブロックされたと思われる。信頼性が第一の決済サービスで、方式の変更は利用者に不安を抱かせる。Google Walletのブランドイメージが大きく低下した。

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通信キャリアを迂回する方式

Googleは通信キャリアに依存しない方式を模索した。その結果、Googleはセキュアーエレメントのカード情報を送信する代わりに、これをソフトウェアでエミュレーションする方式に変更した。この方式はHost Card Emulation (HCE)と呼ばれ、セキュアーエレメントをクラウド上に構築する方式である。HCEは、カード情報をクラウドに保存し、決済処理の際に情報をスマホに読み込み、NFCリーダーに送信する。セキュアーエレメントを使わないので、通信キャリアが通信をブロックすることはできない。

これに先立ち、Googleは2013年10月、Android 4.4 (KitKat) の発表で、OSにHCE機構を搭載することを明らかにした。HCEはOSの追加機能として実装された。KitKat以降のNFC搭載スマートフォンで、Google Walletの”おサイフケータイ”機能を使うことができる。

今ではGoogle Walletは、クラウド・ワレットとしての機能も充実している (上の写真)。店舗での買い物だけでなく、オンラインショッピングの支払いもできる。Google Walletに入出金が纏められ、家計簿としても利用価値がある (左側)。また、いま流行の送金機能もあり、アプリから簡単にお金を送ることができる (右側)。

カード会社もHCE方式を推進

一方、カード会社もセキュアーエレメントを使わないHCE方式を積極的に推進している。昨年2月、MasterCardとVisaは、HCE方式での決済サービスを提供すると発表した。MasterCardはこれを「Cloud Based Payments」と呼び、米国を含む世界15カ国でプロジェクトを展開している。カード会社としては、HCE方式を採用することで、パートナー企業が簡単に”おサイフケータイ”システムを構築でき、モバイル決済事業が拡大するという目論見がある。カード会社のお墨付きで、HCE方式が世界の主流になる可能性も出てきた。

通信キャリアとの和解

技術的な側面だけでなく、Googleと通信キャリアの関係が大きく前進した。Googleは今年2月、Softcardから技術や知的財産を買い取ることに合意した。Softcardは2010年にジョイントベンチャーを設立し、システム開発を始めたが、開発は難航した。2012年にサービス開始にこぎつけたが、その普及は芳しくなかった。Softcardはサービス停止を決定し、上述の通り、Googleが資産や事業を継ぐ形式となった。

この和解により、通信キャリア三社は、Google Wallet事業に全面的に協力することを表明。販売するスマートフォンにGoogle Walletをプレインストールし、Googleはこれ対し料金を払うとしている。また、Google検索に連動する広告手数料を上げるとも言われており、通信キャリアは広告収入増加が見込まれる。一方、GoogleはGoogle Walletで生成されるデータを解析し、広告コンバージョン率を上げ、引いては広告収入向上を目指している。

Android Pay経済圏が出現するか

Googleは大きな障害をクリアーし、Google Wallet事業を再構築する環境が整った。今回は単におサイフケータイ事業だけでなく、パートナー企業がモバイル決済サービスを展開するのを支援する。まず、Samsung Payがこの基盤を利用するのかが注目される。HTCやLGも独自のモバイル決済事業を展開する道が開けてくる。ベンチャー企業からは、クールなモバイル決済アプリが誕生するかもしれない。Android Payはフィンテックのインキュベーターとなる可能性を秘めている。